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高坂弾正もなか
高坂弾正もなか

甲陽軍鑑の作者

最中の由来 武田信玄二十四将のひとりで甲陽軍鑑を口述したとされる高坂弾正にちなんだ最中です。弾正の末裔で阿智村出身の高坂睦年氏との縁でこの最中が誕生したそうです。阿智村の駒場は武田信玄の没地とされ(根羽村という説もあります)、弔いの経をあげたと言われる長岳寺や高坂家一統の墓地もあります。高坂弾正と直接関係があるわけではありませんが、駒場と弾正もなかについての折りたたみリーフレットが店舗に置いてありました。ちなみに阿智村は4月下旬になると昼神温泉や月川温泉郷に花桃が咲き誇り、多くの観光客で賑わいます。

最中と菓子舗 四角い最中種は右下が逆角丸になっていて、表には兜と弾正という文字が、裏には武田菱が入っています。全体が同じ厚さなので見た目より餡がたっぷり入っている感じがしますが、中の小豆餡は甘さ控えめです。

春木屋本店 長野県下伊那郡阿智村駒場243の1 月1回木曜休業 0265-43-2878 http://www.harukiyahonten.com/index.html
阿智村の中心部にあって、店の前に5台くらい駐車できます。



最中の由来についてのリーフレット「高坂弾正つれづれ」「駒場と高坂弾正もなか」


高坂弾正もなか

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